最近、「労働力不足」「外国人労働者の受け入れ」「賃金の見直し」——そういう言葉をよく耳にするようになりましたよね。それ自体は時代の変化として理解できます。
でも、その言葉の使われ方を聞いていると、どこかモヤモヤするんです。特に、「労働力」という言葉。
なんだか、まるで人間を『物』とか『資材』と同じように扱っているような感覚があって… ボクには、それがすごく気になってるんです。
時短設計®士 けたろーです。
省力化の本質は、時間をつくることだと思っています。
でも、時間ができたからといって、何かが変わるわけじゃない。
その時間で何を考えるか。
何に気づくか。
このブログは、そのための「余白」のつもりで書いています。
さて、今回の記事は…
「労働力」という言葉への違和感
「労働力が足りない」「労働力を確保する」——この言い方、なんか引っかかりませんか? それに、「安い労働力」とかという表現も。
労働力という言葉は、人を「力」として見ている… 感覚的には、『馬力』と似たような感じがするんです。馬力は、馬の頭数で力を表した表現。『労働力』も似ていて、作業をこなす『人の手数』として数えているわけです。
政策の話でも、企業の話でも、「何人確保できるか」とか、安さという議論になりがちです。確かに、会社を運営していく上で、人件費はキーになるポイントでもあります。
でも… 労働力を『物』扱いした結果、それが、コストという部分だけにフォーカスされ、今のような結果を招いているのかなと思ったりもします。
事業を行っていくためには、労働力は必要です。しかし、よくよく考えてみれば、人はそれぞれに考えがあって、感情があって、得意なことや苦手なこともある。
ただの人数じゃないと思うんです。
特にものづくりの現場では、この感覚がズレると、大きな問題になります。
日本のものづくりが大切にしてきたもの

「神は細部に宿る」という言葉があります。また、『職人技』というのもあります。
ただの作業に見えていても、細かいところにこそ、その人の誠実さや技術が現れる。日本のものづくりは、そういう考え方の上に成り立ってきたのだと思っています。
ネジ1本の締め具合。部品の面取りの丁寧さ。仕上げの一手間。
これらは「やれと言われたからやる」では生まれなくて、「こうあるべき」という内なる感覚を持って初めて出てくるものです。その感覚は、作業者が「自分の仕事に誇りを持てているかどうか」と深く関係していると思うのです。
ただの手数として扱われている人間が、そういう仕事をするでしょうか? ボクは、難しいと思っています。
文化・価値観の違いをどう乗り越えるか
外国人就労者が増えています。(政策的な面が大きいので、増やされているという表現が的確なのかも。)
それ自体は、時代の流れとして受け入れるしかない部分もあります。ただ、育った環境・文化・仕事に対する価値観は、国や、人によって大きく違いますよね。
「丁寧にやることが当たり前」という感覚は、教えなければ伝わらないことでもあって、もっと言えば、身近に備わっている感覚でもある。
これを「外国人だから仕方ない」で終わらせると、現場の品質は下がっていくばかりです。
大事なのは、「なぜそうするのか」を伝えることだと思っていて、「こうしろ」ではなく、「こうすることで何がよくなるのか」を一緒に考えることなのかなと。
ご縁を頂いて、海外の日本の事業所で働く現地の人たちをみたことがあります。現地では、日本の品質に対する技術や、方法、思想なども含めて懇切丁寧に教えて、仕事をしてもらっているようでした。会社としての品質、もっと言えば、日本としての品質を維持していくために必要だからです。
海外での事業所であれ、国内であれ、その点は共通して言えることなのだと思います。言語が違っても、その姿勢は伝わります。ただ、作業をさせるのではなく、仕事に従事する者として、文化の違いを超える最初の一歩じゃないかと思っています。
省力化・自動化の本当の目的
省力化や自動化を進める理由として「人手不足の解消」がよく挙げられます。
でも、ボクはそれだけではないと思っています。
単純作業・繰り返し作業・体に負担がかかる作業——こういう仕事を機械に任せることで、人は「人にしかできない仕事」に集中できます。
考えること。判断すること。気づくこと。コミュニケーションすること。
これらは機械には代替できないのです。
省力化は、人を「減らす」ためにあるのではなく、人が「もっと人らしく働ける」ための手段です。
そのためには、省力化の前に「この人に何をしてもらいたいのか」を考える必要があります。人を『労働力』として数えるのではなく、一人ひとりの力をどう活かすかを考える。
その順番を間違えると、省力化はただのコスト削減になってしまいます。
働くことは、生きることの一部
仕事は、人生の多くの時間を占めます。
だからこそ、働くことに誇りを持てる環境が大事だと思っています。一説に、『働く』とは、「傍を楽にすること」だと言われます。
ものづくりの現場で機械を作りながら、ずっと感じてきたことがあります。いい機械は、いい環境から生まれる。いい環境は、人を人として扱うところから始まる。——ボクは、あえて、「労働者」という言葉に抗いたい。
時短設計®が目指しているのは、機械で時間を生み出して、その時間を人が「人らしく使える」ようにすることです。効率化の先に、ゆとりがある。ゆとりの先に、誇りがある。
「労働者はただの手数じゃない」——そんな当たり前のことを、改めて言い続けたいと思っています。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
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「誰かに聞いてほしいけれど、どこに相談すればいいか」
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読んでみて、気になったことがあれば。
機械の話でも、現場の悩みでも、「こういうことって相談できますか?」くらいの温度感で大丈夫です。
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